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千葉地方裁判所 昭和36年(ワ)258号 判決 1963年6月17日

判   決

東京都江東区深川白河町二丁目一二番地

原告

山崎ツヤ

右訴訟代理人弁護士

古沢昭二

千葉市幕張町六丁目七九番地

被告

草野茂一

右当事者間の、昭和三六年(ワ)第二五八号家屋明渡請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一、被告は、原告に対し、原告から、金一六四、七〇〇〇円の支払を受けると引換に、別紙目録記載の建物を明渡さなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、原告に於て、金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に、これを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は、原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡さなければならない、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載の建物(以下、本件建物と云ふ)及びその敷地は、元、訴外川村マスの所有であつたが、昭和三四年八月二九日、原告に於て、同訴外人から、その敷地と共に、之を買受けて、その各所有権を取得し、同日、その登記を了したものであるから、原告の所有である。

二、而して、右訴外人は、昭和一八年七月頃、県外に疎開するに際し、その留守番として、被告に、右建物を無償で使用することを許し、被告は、之に基いて、無償で、之を使用し、その後、右訴外人が、疎開先に定住した為め、被告は、引続いて、無償で之を使用し来たつて居たものである。

三、而して、原告は、右訴外人から右建物を買受けると共に、右使用貸借に於ける貸主たるの地位を承継したのであるが、自ら之を使用する必要が生じたので、昭和三四年一〇月一一日に到達の書面を以て、被告に対し、右建物の返還を請求すると共に、同年一二月末日迄にその明渡を為され度き旨を申入れたので、右使用貸借契約は、右返還の請求を為した日に終了し、消滅に帰した。

四、然るに拘らず、被告は、その返還を為さないで居るので、被告に対し、右建物の返還を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告の主張に対し、

五、本件建物の使用関係が賃貸借であつて、被告が、同建物について、原告に対抗し得る賃借権を有することは、之を否認する。

六、被告が、本件建物に対し、その主張の増築を為したことは、(但し、その時期は不知)、之を認めるが、被告が、その主張の修繕を為したこと、及び被告が、その主張の修繕及び増築を為すについて、その主張の支出を為したこと、並に被告が、前記訴外人に対し、その主張の償還請求権を有することは、孰れも、不知、被告が右建物について留置権を有することは、之を否認する。

七、仮に、被告が、右増築を為すについて、その主張の支出を為したとしても、その増築は、所有者である前記訴外人に無断で為されたものであるから、被告は、それによる償還請求権を有せず、従つて、被告は、留置権を取得することの出来ないものであり、又、仮に、被告が、その主張の修繕を為し、その主張の支出を為したとしても、それは、被告が当然に負担すべき必要費であるから、被告は、その償還請求権を有せず、従つて、被告は、留置権を取得することの出来ないものであるから、被告は、何れにしても、留置権は、之を有しないものである。

八、仮に、被告が、右増築を為すについて、その主張の支出を為し、その全額が有益費となるとしても、右増築が為された結果による本件建物全体の現在の価値は、一坪について、金三〇、〇〇〇円の価値があるに過ぎないものであるから、その残存価値は、一坪について、金三、〇〇〇円の割合であり、従つて、その増築部分の現存価値は、合計金二一、九〇〇円であつて、被告が、償還を求め得る額は、右額であるに過ぎないものであるから、被告は、右額の限度に於て、留置権を行使し得るに過ぎないものである。

と答へ、

九、尚、本件建物の従前の坪数が二一坪五合であつて、被告が増築した結果、現在の通り、二八坪八合二勺となつたことは、之を争はない。

と附陳し、

被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実、及び被告が、昭和一八年七月頃から、引続いて、本件建物を使用し、且、現に、その使用を為して居る事実は、共に之を認める。

二、併しながら、右使用関係が、使用貸借であることは、之を否認する、右使用関係は、当初から賃貸借であつたものである。即ち、被告は、昭和一八年七月二五日、当時の所有権者であつた訴外川村マスから、賃料月額金二八円の約定で、期間を定めずに、本件建物を賃貸借し、爾来、之に基いて、同建物を使用し、現在に至つて居るものである。

三、而して、原告は、右建物を買受けると共に、賃貸人たるの地位を承継したものであるから、被告は、右建物について、原告に対抗し得る賃借権を有するものである。従つて、被告には、右建物を原告に返還すべき義務はない。

四、尚、原告主張の日に、その書面が到達したことは、之を争はないが、同書面による返還請求は、右使用関係が使用貸借であることを前提として為されるものであるから、右賃貸借契約を消滅せしめる効力は、之を有しないものである。従つて、右返還請求が為されても、右建物の返還を為すべき義務は生じて居ないものである。

五、仮に、被告に、右建物の明渡を為すべき義務があるとするならば、被告は、前記訴外人が、右建物の修繕を為さなかつたので、昭和三一年七月中、止むなく、自ら、その修繕を為すと共に、居住の必要上、台所上家三坪五合及び北縁側一坪三合二勺、計四坪八合二勺の増築を為して、(この増築部分は別紙見取図々示の(A)の部分)、必要費金一四一、八九〇円、有益費金二八三、一一〇円の支出を為し、(その支出の詳細は別紙明細書其の一に記載の通り)、更に、居住の必要上、同三二年一〇月中、広縁二坪五合の増築を為して、(この増築部分は別紙見取図々示の(B)の部分)、有益費金四五、一五一円の支出を為し、(その支出の詳細は別紙明細書其の二に記載の通り)、右建物について、その前所有権者である右訴外人に対し、合計金四七〇、一五一円(内訳、必要費金一四一、八九〇円、有益費合計金三二八、二六一円)の償還請求債権を有するので、被告は、右債権の弁済があるまで、右建物を留置し得る権利を有するから、右債権の弁済があるまで、右建物について、右権利を行使する。

と述べ、

原告の主張に対し、

六、右各増築が無断増築であることは、之を否認する。

右増築については、昭和一九年中に、右訴外人の許諾を得て居たものであるが、戦争のため延期されて居たので、昭和三一年中に、四坪八合二勺の増築を、同三二年中に二坪五合の増築を、夫々、実施したものである。

と答え、

七、尚、本件建物の建坪は元二一坪五合であつたが、右二回の増築を為した結果、現在の通り、二八坪八合二勺となつたものである。

と附陳し、

立証≪省略≫

理由

一、本件建物が、元、訴外川村マスの所有であつたこと、原告が、その主張の日、同訴外人から之を買受けて、その所有権を取得し、原告がその所有権者であること、及び被告が、昭和一八年七月二五日から引続いて之を使用し、現に、その使用を為して居ること、及び被告が、右建物について、その主張の増築を為したこと、並に右建物の建坪が元二一坪五合であつて、被告が右増築を為した結果、その坪数が二八坪八合二勺となつたことは、孰れも、当事者間に争のないところである。

二、然るところ、原告は、被告の右建物の使用関係は使用貸借である旨を主張し、被告は、之を争い、右使用関係は賃貸借である旨を主張して居るので、先づ、この点について按ずるに、<証拠―省略>とを綜合すると、訴外川村マスは、被告の父の当時から被告家と親しく、又、被告夫婦の仲人でもあつた関係で、被告一家とは親密の間柄であつたものであるところ、東京に居住して居る被告が、家族も九人家族で、借家が狭く、而も当時は、戦時中で、空襲の被害を受ける危険もあり、疎開を兼ねて、他に、移転することを望んで居ることを知つたので、右訴外人は、之に同情し、当時、右訴外人が世話を受けて居た人から金を出して貰つて、他に、土地を買入れ、之に建物を建てて、被告及びその家族を住わせることを決意し、知合の訴外鈴木富五郎に依頼して、本件建物の敷地を買受け、被告と相談の上、昭和一八年頃、同土地上に本件建物を建築し、特段の約定も為さないままで、被告及びその家族を同建物に住わせ、被告は、之によつて、その家族と共に右建物に居住し、家賃の支払などは全然為さないで、現在に至つて居ることが認められ、<中略>他に、右認定を動かすに足りる証拠は全然ないのであるから、被告の右建物に対する使用関係は、使用貸借であると認定するのが相当であると判定する。

尤も、<証拠―省略>によると、右建物及びその敷地の固定資産税は、被告に於て、その納付を為して居たことが認められるのであるが、<証拠―省略>を併せ考察すると、それは、被告が任意に立替納付して居たものであると認められるので、被告が、右納付を為したということは、被告が、右訴外人に対し、右納付したと同額の立替金償還金債権を有するというだけのことになるに過ぎないものであるから、右事実のあることは、被告の右建物に対する使用関係が賃貸借であることを認める資料となり得ないものであり、又、<証拠―省略>によると、被告が、昭和二九年中、訴外鈴木富五郎を通じ、右訴外人に、金一〇、〇〇〇円を交付したことが認められるのであるが、右<省略>の各証言によると、右金員は、被告が、偶々、義理の子の婚礼に出席する為めに立寄つた右訴外人に対し、小使銭として贈つたものであつて、家賃として、その支払を為したものでないことが認められ、<中略>右事実のあることも亦、右使用関係が賃貸借であることの証左とはなり得ないのである。

三、而して、弁論の全趣旨によると、原告は、本件建物を買受けて、その所有権を取得すると共に、右使用貸借に於ける貸主たるの地位を承継したものであると認定せざるを得ないものであるところ、原告が、その主張の日に到達の書面を以て、被告に対し、右建物の返還請求を為したことは、被告の明かに争わなないところであつて、而も前記認定の事実によると、右使用貸借は期間の定めのないそれであつて、その使用の目的も既に十分達せられて居るものであると認められるので、右使用貸借は、右返還請求の為された日に終了し、消滅に帰したものであるといわざるを得ないものである。

四、然る以上、被告に於て、右建物を原告に返還すべき義務を負ふて居ることは、多言を要しないところである。

五、然るところ、被告は、本件建物について、修繕並に増築を為して、必要費及び有益費を支出し、前記訴外人に対し、それによる償還請求権を有するから、その弁済を受けるまで、右建物を留置する権利がある旨を主張して居るので、按ずるに、

(イ)、被告が、本件建物について、修繕を為したことは、被告本人の供述によつて、之を認定し得るのであるが、被告本人の供述とその自陳するところとを併せ考察すると、右修繕は、雨漏の個所、腐朽した個所、その他右建物の通常の使用に必要な個所について、為されたものであると認めるのが相当であると認められるので、被告が右修繕の為めに支出した費用は、その使用物に対して支出した通常の必要費であると認める外はないものであるから、それは、当然に、使用借主たる被告の負担に帰するものであり、従つて、それについては、被告は、償還請求権を有しないことになるものであるから、右支出したことによる留置権は、之を取得して居ないものであるといわなければならないものであり、

(ロ)、又、被告が、その主張の増築を為したことは、原告が、之を認めて争わないところであつて、被告本人の供述と被告の自陳するところを併せ考察すると、その増築部分は、その増築によつて、孰れも、本件建物の一部となつて居るものと認められるので、本件建物の所有権は、当然に、右各増築部分に及ぶものというべく、而して、右増築によつて、本件建物の坪数が二一坪五合から二八坪八合二勺に増坪されたことは、前記認定の通りであるから、本件建物は、右増築によつて、坪数が二八坪八合二勺ある一個の建物となつたものといわざるを得ないものであるところ、右建物は、之によつて、その価値が当然に増加したものと認め得るから、被告が右増築を為す為めに支出した費用は、有益費であるというべく、而して、その後、被告は、右建物の使用を継続して現在に至つて居るものであるから、右増加価値は、漸次、逓減したものと認めざるを得ないものであるところ、その逓減によつて、右増加価値が消滅に帰したことは、之を認めるに足りる証拠がないのであるから、右増加価値は、右逓減に拘らず、なお、残存して居るものと認めるのが相当であるというべく、従つて、被告は、前記訴外人に対し、右有益費の残存額について、償還請求権を有し、之によつて、その弁済を受けるまで本件建物を留置する権利を取得したものであるというべく、而して、右訴外人は、右建物を原告に売却した時に於て、右増加価値の残存によつて利得を得たものであると認められるので、被告は、同訴外人に対し、その利得した限度に於て、その償還請求権を有すると認めるのが相当であるところ、被告本人の供述によると、右増築部分は、昭和三一年七月中に四坪八合二勺が、同三二年一〇月中、二坪五合が、(合計七坪三合二勺)、増築されたことが認められ、右売買の為されたのが同三四年八月中であつたことは、前記の通りであるから、右増築が為されてから右売買が為されるまでの間には、平均約二ケ年が経過して居り、その間に於ける右増築部分の価値逓減の割合は、木造建築物の通念により、約一割であると認めるのが相当であるというべく、而して、証人<省略>の証言によると、右増築部分の建築費は一坪について金二五、〇〇〇円程度であつたと認められるので、その建築費の総額は、合計金一八三、〇〇〇円であつたと認めるのが相当であるというべく、而して、右売却当時に於ける価値の逓減の割合は、右の通り約一割であるから、右売却当時に於ける価値の残存額は、金一六四、七〇〇円であつたといわなければならないから、被告が、右訴外人に対して有する償還請求権の額は、右額であると認定する。従つて、被告は、右額の弁済を受けるまで、本件建物を留置し得る権利を有するといわなければならないものである。

六、原告は、右増築部分の増築は、無断増築であるから、有益費の償還請求権は発生せず、従つて、被告は、留置権を取得して居ない旨を主張し、<証拠―省略>を綜合すると、右増築は無断増築であることが認められ、被告本人の供述中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はないのであるが、被告本人の供述とその自陳するところとを併せ考察すると、右増築は、専ら、本件建物の使用を便利ならしめる為めに為されたものであることが認められるので、それは云はば、改良行為であつて、所有者の為めに利益な行為であるといい得るから、それが無断で為されたからといつて、償還請求権の発生を妨げる理由とはならないと断ずるのが相当であるというべく、従つて、原告の右主張は理由がないことに帰着するものであり、又、原告は、右増築部分の残存価値は、合計金二一、九〇〇円であるから、償還請求権は、右額について発生するに過ぎない旨を主張して居るのであるが、それは、現在に於ける残存価値であつて、前記訴外人が利得した当時に於けるそれではなく、而して、前記償還請求権は、現在の所有者である原告に対して生じて居るものではなく、(何となれば、原告は、価値が増加したままの状態で所有権を取得したものであつて、何等の利得もして居ないものであるからである)、前所有者である前記訴外人に対して生じて居るものであるところ、同訴外人が利得を為したのは、前記売却を為した時であるから、価値の残存額は、右利得を為した当時の残存価値によつて決すべきであり、従つて、現在に於ける残存価値は、償還請求権の額の算定基準とはなり得ないものであるから、原告主張の右額は、右請求権の額の算定には無関係であつて、結局、原告の右主張も亦理由がないことに帰着する。

七、而して、前記認定の事実によると、被告の為した前記増築部分は、本件建物の一部となつて居ることが明かであるから、本件建物の旧部分と増築部分とは、一体となつて、一個の建物として原告の所有に帰属して居るものであるというべく、従つて、原告は、右全部を一体として返還を求め得る権利を有する(この場合に於ては民法第五九八条の規定の適用はない。何となれば、本件建物の旧部分と増築部分とは、被告の増築という物権的行為によつて、一体化せられ、使用貸借という債権関係からは離脱して任舞つて居るからである)ものであるところ、被告は、前記償還請求権について、留置権を有するから、原告は、右償還金の支払と引換にしなければ、本件建物の返還を受けられないので、原告の本訴返還の請求は、右償金の支払を為すことを条件として、之を認容すべきものである。

八、仍て、原告が、被告に対し、前記償還金一六四、七〇〇円の支払を為すことを条件として、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文のとおり判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

物件目録、明細書(其の一、二)、見取図≪省略≫

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